辰巳芳子(料理家)サワコの朝に出演!命のスープとは?スープ教室について!

辰巳芳子(料理家)サワコの朝に出演!命のスープとは?スープ教室について!

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今回はサワコの朝に出演される料理研究家の

辰巳芳子さんについて調査しましたよ

父親は大成建設常務取締役の辰巳芳雄さん

母親は料理研究の草分けとなる辰巳浜子さん

厳格な父親と

戦時中の少ない食材を工夫し家族を守った母親に育てられ

有名な「命のスープ」は

あの歌舞伎役者の市川海老蔵さんも

辰巳芳子さんのスープレシピにハマり作っている

ブログで紹介しているほど・・・

辰巳芳子(料理家)サワコの朝に出演!

命のスープとは?スープ教室について!紹介しちゃいます




辰巳芳子(料理家)サワコの朝に出演!

先ずは、辰巳芳子さん(料理家)サワコの朝に出演!について

聞き手で有名な阿川佐和子さんと辰巳さんの

しいたけスープの飲み比べ?があるようですよ

素材のよさを引き出したこだわりスープから

どのような話の展開が引き出されてゆくのでしょう

20代で結核を患い15年間の療養生活を送っていた辰巳さんが

脳血栓で倒れ嚥下障害となった父への介護食として

口当たりがよく栄養も豊富にとれるスープに着目し

「命のスープ」に代表される

家庭料理の大切さを

雑誌、著作、テレビなどで伝えている

自宅で始めたスープ教室は22年経過

今でも全国からファンが訪れ

教室の参加申し込みは、数年先まで決まっているとか・・・

現在93歳になっても精力的に活動を続け

“良い食材を伝えていくこと”を使命とし

“人”と“食”に真摯に向き合い続ける姿に迫り

忙しい主婦でも美味しく暮らせる生活の知恵を披露される

命のスープとは?

次に命のスープとは?について

同時に経歴も紹介させていただきます

辰巳 芳子さん(たつみ よしこ)は

1924年12月1日 今年93歳

東京・目黒・長者丸に生まれる

父・芳雄(大成建設常務取締役)

母・浜子の長女

日本の料理研究家、随筆家

5歳の時に最愛の祖父が亡くなる

辰巳家は加賀藩の家臣で

祖父は横須賀海軍造船校舎へ入学

18歳でフランス留学

築造学・蒸気機関学・熱力学

材料抵抗力学・製図学などを学び

優秀な成績で卒業

帰国後、日本で初めての軍艦を造り

後に三菱造船の創立に関わる人であった

1941年 高校2年の時カトリックの洗礼を受ける

霊名は「テレジア」という

聖心女子学院卒業し

その後、父の赴任先の名古屋で柳城保育専修学校

(現・名古屋柳城短期大学 )に進学

父親の反対を押し切って

1944年 早春、大学生と結婚

3週間余りで夫はフィリピンに出征

9月 セブ島で戦死 帰らぬ人となる

以後50年間結婚してよかったものか悩む

テレビで野ざらしになった日本兵の死体を見て

自分の足で向かい

その地に立つことで「同じ野垂れ死にでも

待つ人がいるのといないのとでは全然違う」と感じ

それを機会に「結婚して良かったのだ」と

思えるようになったそうだ

1945年 東京の実家に戻る

国立教育研究所の実験保育室に勤務

結核を発症

快復して慶應大学の心理学科へ入学するが

結核が再発

その後15年に及ぶ療養生活を余儀なくされ

1964年 料理家として活躍し始めた母・浜子の手伝いを始める

包丁を持っても

火加減の感覚も鈍っていなかったことに自信を取り戻し

1965年 鎌倉雪の下から浄明寺に移り住む

母親の代わりに自宅で料理を教えるようになり

その後、イタリアで料理を学ぶ

フランス料理は加藤正之(宮内庁大膳寮に勤務)に

13年間指導を受け

ローマで学んだイタリア料理の生ハムを

鎌倉で再現したいと試行錯誤を

20年間繰り返し成功させる

久里浜の少年院篤志面接員を10年間務め

1972年 父親が脳血栓の再発で入院

嚥下困難になった父に母娘でスープを作って日参する

これが「命のスープ」の由来であり

父の最期を看取ったスープは

全国で多くの人に飲まれ「いのちのスープ」として

恩師・加藤に教えられたスープの大切さが

父の命を支え静かな感動の輪を広げた

1977年 母親浜子死去(享年72)

1980年 父親芳雄も死去

鎌倉のタケダ訪問看護クリニックでスープのサービスを始める

週1回弟子を連れて30人分のスープを4年間届ける

1994年 70歳の誕生日を祝う会で「良い食材を伝える会」を発足

1996年 鎌倉の自宅で「スープの会」を始め

スープの本の執筆活動も始める

2004年 芳子の呼びかけに長野・信越放送が賛同し

「大豆100粒運動」を発足

1900人以上の児童が大豆をまいた

2006年 高知・近森病院でいのちのスープを600人の患者に提供

2009年 滋賀・大津市民病院緩和ケア病棟でもスープサービス開始

日本緩和ケア学会のシンポジウムに招かれる

2010年 独自の流動食を提案する

近年は安全で良質な食材を次世代に残したいと

NPOの活動を通して

参加校は300校を超えた

「大豆100粒運動」会長

URL:www.daizu100.com

「良い食材を伝える会」会長

URL:www.yoishoku.com

「確かな味を造る会」の最高顧問を務め

命に直結した食の大切さ」を訴え続けている

ドキュメンタリー

『天のしずく 辰巳芳子“いのちのスープ”』

監督は河邑厚徳

2012年11月3日公開のドキュメンタリー映画は

2年半の歳月をかけて構想・撮影した

料理家・辰巳芳子さんの「愛の形」を表現した映画で

辰巳芳子さんの手によってなされる

「手仕事」がとても美しく画面に映り

日本の自然や食材も、すごくきれいで

辰巳さんが信頼を寄せる野菜の生産者や

緩和ケア病棟の医療従事者

保育園の子どもたち‥‥

登場人物が、みなさんが「いい顔」をしていて

「いのちのスープ」のことから

「生きること」や「愛」にまで広がっていると

感銘を受けた方が多く、取材記事が多く残っている

出版物も多数あり




スープ教室について!

最後にスープ教室について!の情報です

反復することで手についた仕事となる」との考えのもと

3年をひとつの目標として続けられる方に

来て頂きたいと考えで活動されています

鎌倉スープ教室(鎌倉・浄明寺)

現在、募集の予定はございません

杜の会教室(1年間でスープの基本を学んでいただく教室)

2018年度募集は終了(2017年12月)

開催日:毎奇数月の第三水曜日

5月から翌年3月まで(全6回)

講師:辰巳芳子、対馬千賀子

場所:横浜市中野地域ケアプラザ

腰越教室(年約9回、3年間で学んでいただく教室)

2018年4月からの募集は終了(2018年2月)

日時:毎月第二水曜日13:00~16:00

(夏・冬休みがあります)

監修:辰巳芳子

講師:対馬千賀子

場所:「鎌倉市腰越学習センター」(鎌倉市腰越864)

会費:月謝¥4,000 事務費¥1,000(1年分)

お問合せ窓口

NPO法人 良い食材を伝える会 (スープ教室担当)

mail: soup.tatsumi@gmail.com

FAX: 03-3423-6085(随時)

電話: 03-3423-6080(毎週水曜日10:00~13:00のみ)

また会社経営も手掛ける

会社商号 株式会社茂仁香

代表者 辰巳 芳子

設立年月日 1979年2月10日

所在地 本社、業務管理部 神奈川県鎌倉市

営業部 東京都渋谷区

主な事業内容

(1)食材・食品の販売

(2)食材・食品の調査分析、情報の提供

(3)食材・食品の製造、販売、調理についての企画、指導

(4)調理器具の考案

(5)その他前各号に付帯する事業

事業目標

辰巳芳子の母である辰巳浜子より

受け継いだ生命を支えるために必要な確かな食材や

長年自分自身で使い込んだ信頼に足りうる体に良く

なおかつ美味しい食品を

「辰巳芳子の薦める味」として消費者に紹介し

正しい調理の技術を伝承することで

我が国の食文化の維持向上を計る

「ああ美味しい、お腹一杯、ご馳走さま」と

若い生命の満足と

それを見守る親心を

必ず支える食材、生命を裏切ることのない食物を

次世代にむけて用意することは、大人の責務といい

特に食に関わる職業に携わる者の終着点と考えておられる

家庭の食事は人生そのもの

いのちそのものですから

野菜料理を作るとき

もの言わぬ野菜の求めに応えることで美味が生まれる

そして、野菜というものの“いのち”と

人間の“いのち”との関わりも料理の時間を通して知る

「いのち」という観点から料理は考えないとだめという

春・・いのちのエネルギーを食す

夏・・暮らしと体を守る知恵

秋・・風土の恵みを豊かにいただく

冬・・いのちの感謝と門出

「愛する人と美味しいものを分かち合うことはとっても幸せなこと

365日の美味しさを薄紙を重ねていくようなもの

積み重ねが豊かな人生のもと

”信じる力”が育つ、育成され、手ごたえを感じること・・

よりよく生きるために食事を調えるこれは祈りでもあり

ひとつのカタチです・・

基本ができていてこそ、人間の味が際立つ

洗練された上質の人間を目指すところに目標を置き

さらに”自分磨き”にたゆまず精進していきたいと・・

メッセージにも熱意が伝わっていました

食育に携わった経験から

1つ1つの言葉に重みを感じ共感した方でした