上田泰己の経歴とプロフィール!出身大学と高校もチェック!

ひと

凄い人発見!

今回は、福岡出身で

ヒトの体のなかには時計がある

生命システムの「時間」の解明を成し遂げようと

「体内時計」の研究において様々な成果を残し

日々研究に没頭している若きシステム生物学者の

上田泰己さんをターゲットに

上田泰己の経歴とプロフィール!

出身大学と高校もチェック!しました

また、幼少期の生い立ち

研究のきっかけも調査しちゃいましたよ




 

上田泰己の経歴とプロフィール!

 

先ず、上田泰己先生の経歴と

プロフィール!を調査しました

上田泰己(うえだ ひろき)先生は

日本の生命科学者。

東京大学博士(医学)

専門はシステム生物学・合成生物学で

概日時計などをテーマに

生命の時間・空間・情報の解明に取り組む。

マウスを透明化させる技術「CUBIC」を開発している。

東京大学大学院医学系研究科教授。

理化学研究所発生・再生科学総合研究センター

(CDB) グループディレクター

社会的活動

2009年 – 平成21年度「細胞を創る」研究会・会長

JSTさきがけ「細胞機能の構成的な理解と制御」

研究領域総括(2011年-)などを歴任。

2015年 – 日本学術会議若手アカデミー会議・代表

1975年9月9日生まれ(42歳)

福岡県福岡市出身

研究分野 システム生物学、合成生物学

研究機関 ソニーコンピュータサイエンス研究所

山之内製薬

理化学研究所

出身校 久留米大学附設高等学校

東京大学

指導教員 飯野正光

主な業績 概日リズム(体内時計)の解明

CUBIC(マウスの透明化技術)

影響を受けた人物 大隅良典、北野宏明

2002年 Sleep Research Society/SRBR Joint Meeting Travl Award

2004年 日本イノベーター大賞・優秀賞

2005年 東京テクノフォーラム21・ゴールドメダル

2006年 Genome Technology “Tomorrow’s PI”

2006年 部科学大臣賞若手科学者賞

2009年 日本IBM科学賞

2011年 日本学術振興会賞

2012年 塚原仲晃記念賞

2015年 山崎貞一賞などを受賞。

中高一貫校の高校課程から入学。

高校では生徒会長を務めた

部活動ではサッカー部に所属

福岡県太宰府市長の楠田大蔵は高校時代の同級生

医学部3年生時から1年で

分子生物学の実験手法を習得し

翌年にはソニーコンピュータサイエンス研究所

CSLの北野宏明の下で1年でプログラミング手法を習得

医学部5年生時には山之内製薬に

外部研究者として迎えられた。

大学院在籍時からネイチャー誌に

論文を発表するなど

システムバイオロジー分野の若手のエースとして活躍している。

理化学研究所CDB(発生・再生科学研究センター

当時)のチームリーダーとなった時は27歳(最年少)

大学院在籍中という異例の抜擢であった。

研究室発足当初は研究員の半数以上は年上だったという。

略歴として

1975年 – 福岡県福岡市生まれ

1991年 – 福岡市立香椎第一中学校卒業

1994年 – 久留米大学附設高等学校卒業

1997年 – ソニーコンピュータサイエンス研究所 (CSL)

研究アシスタント(1998年まで)

1998年 – ERATO北野プロジェクト研究アシスタント(2000年まで)

1999年 – 山之内製薬株式会社研究員(2004年まで)

2000年 – 東京大学医学部医学科卒業

2003年 – 独立行政法人理化学研究所発生・再生科学総合研究センター

システムバイオロジー研究チーム チームリーダー

2004年 – 東京大学大学院医学系研究科博士課程修了、博士(医学)

2004年 – 独立行政法人理化学研究所発生・再生科学総合研究センター

機能ゲノミクスサブユニット ユニットリーダー(兼任)

2009年 – 独立行政法人理化学研究所発生・再生科学総合研究センター

システムバイオロジー研究プロジェクト プロジェクトリーダー

2011年 – 独立行政法人理化学研究所生命システム研究センター

細胞デザインコア コア長

2011年 – 独立行政法人理化学研究所生命システム研究センター

合成生物学研究グループ グループディレクター

2013年 – 東京大学大学院医学系研究科システムズ薬理学教室教授

客員など

2005年 – 東北大学加齢医学研究所客員教授(兼任、2006年まで)

2005年 – 徳島大学ゲノム機能研究センター客員教授(兼任)

2006年 – 大阪大学理学研究科連携大学院招聘教授(兼任)

2009年 – 京都大学理学研究科数学教室併任教授(兼任)

2010年 – 国立遺伝学研究所客員教授

2012年 – 東京大学大学院医学系研究科客員教授(兼任)

著作や共著、論文も多数あり

将来の「ノーベル賞」も間違いないのでは?と

ささやかれておられる方だ

出演に、爆笑問題のニッポンの教養

「体内時計」はいま何時?(NHK、2007年12月11日放送

情熱大陸(毎日放送、2009年3月1日放送)

プロフェッショナル 仕事の流儀

「若きプリンス、生命の謎に挑む 生命科学者・上田泰己」

(NHK、2010年2月16日放送)

ツナガルカガク(NHK Eテレ、2010年5月3日放送

NHKサイエンスZERO 2011年2月。

又吉直樹のヘウレーカ!(NHK Eテレ、2018年4月18日)がある

プロフィールについて

“「生命に関わる仕事っておもしろいですか?」第28回

中高生の時に抱いたナイーブな疑問をいつまでも大事にしてほしい。”

面白いインタビュー記事を発見しましたので載せますね

中学・高校時代、サッカーに夢中になっていた少年は

大学で医学部に入ると生命科学の研究に没頭する毎日を過ごすようになる。

大学院在学中に理化学研究所でチームリーダーのポストを得

からだの1日のリズムを司る概日時計のメカニズムを

次々に解明し注目を浴びる。

 

生い立ちについて

 

 

現在の研究生活を支えているのは

中高生時代に抱いた「生命とは何か」という問いであるという

サッカー漬けの毎日。ケガをしてもやめなかった

生まれたのは福岡市です。

日本史に出てくる漢委奴国王印(金印)が出てきた

志賀島の根もとあたり、福岡の繁華街の天神まで

車で30分くらいの東区千早という町で育ちました。

当時、福岡市が湾岸部を埋め立てて

ベッドタウン化を進めており、私の家はその団地にありました。

埋め立て地でしたから人工的な空間でしたが

ザリガニ釣りなどができる場所もあり

小さいころは外で遊ぶことが多かったですね。

水泳、ピアノ、絵画などいろいろな習い事をしていましたが

小学校に上がってからはサッカー漬けの毎日になりました。

サッカーという球技の面白さは

いろいろなポジションに専門性がありながら

みんなと一緒にプレーができる点が魅力でした。

高学年の人とコミュニケーションをとれるのも楽しかったですね。

ポジションは、前線と守備の中間のMFです。

中学、高校とサッカーを続けていましたが

中学2年、高校の2年の時

それぞれ左足、右足の半月板を傷めるケガをしてしまいました。

もちろん、それでもサッカーを辞めようとは思いませんでした。

好きな科目は?の質問に

サッカーに夢中でしたから

あまり勉強した記憶はないなあ(笑)。

勉強は全般的に嫌いではなかったけれど

覚えることが多い社会科は、どうも苦手でしたね。

保育園のころの話に戻りますが

イモ掘り遠足をする機会があって

それが子ども心にもよほど楽しかったんでしょう

保育園に帰ってきてから、イモが植えられてもいないのに

保育園の庭の土を片っ端から掘り返したんだそうです。

保育園の先生が「何をしているの?」と聞いてみると

「イモを掘っているんだ」(笑)。

何もないところから何かを創り出すことに興味があったのだと思います。

特に好きだったのは数学でした。

ただ問題を解くというだけでなく

その数学の奥にあるものを腑に落ちるまで考えました。

英語は通っていた塾にすごく良い先生がいて

英語を論理的に考える面白さを教えていただいた記憶があります。

生命をシステムとして理解する

生命科学分野全般で分子からシステムへと

急速なパラダイムシフトが起こっており

動的で複雑な生命現象をシステムとして

理解することがいま求められている。

システムバイオロジー研究チームは

生命現象をシステムとして理解するために

必要な基盤技術を開発し、発生・再生現象をはじめとする

複雑で動的な生命現象に応用する。

体のサイクルを司る体内時計の不思議については

取材・文:清田隆之 編集:川村庸子

「体の中に時計がある」ってどういうこと?

そもそも、体内時計ってどんなものなのですか?

正直、わかるようなわからないような…。

上田 まず、体内時計というのは決して

感覚的な話じゃありません。

わたしたちの体には

時を刻む時計が“物理的”に存在しているわけです。

例えば「腹時計」という言葉は

「胃腸や肝臓の細胞がつくり出すサイクル」のことを指しています。

時計は細胞の中に存在していて

脳や皮膚、血管や臓器など、ほぼ全身に分布しているのです。

この仕組みはヒトに限らず

虫や動植物、菌類やバクテリアにも備わっています。

例えばアサガオは、日が照り始めると咲くものだと思われていますが

実は真っ暗な環境下でも時間が来たらちゃんと咲き始める。

逆にずっと光を当て続けていても決まった時刻に咲く。

開花を司っているのは、日の光ではなく「時間」なのです。

なぜなら、太陽だけを頼りにしてしまうと

悪天候や日陰の環境に適応できないから。

花を咲かせられないというのは

植物にとって死活問題ですよね。

だとすると、太陽に頼るより

時刻をカウントして朝の訪れを把握する方が確実なのです。

このように、地球の自転がもたらす

1日24時間という周期に合わせてサイクルを作り出す

機能を「概日(がいじつ)時計」と言います。

また地球の公転がもたらす1年365日という

季節性の周期を把握する機能もあって

これを「体内カレンダー」と呼びます。

桜の開花がその典型ですね。

生き物の体には、外部環境の変化に

内部を合わせていくシステムが内蔵されているのです。

わたしたちは朝が来ると自然に目が覚め

決まった頃にお腹が空き、夜になると眠くなる。

そして、なぜか24時間サイクルで動いている。

その理由は、体中のいたるところに“見えない時計”が

内蔵されているからだ。

そんな精密な時計が備わっていたとはでも、それは何のために?

逆に、この機能がなかったらどうなるでしょうか。

昼夜関係なく眠くなったり、冬なのに夏仕様の体だったりしたら…

生きるのが大変ですよね。こういったことを防ぐための

「環境予測システム」こそが、体内時計の役割だと考えられます。

前の日に起こったことから、次の日を予測したい。

でも、毎日天気は移ろい、得られる情報は不確かで限られている。

なので、よりよく生きるためには、

内部に「自分なりの予測システム」を持っておく必要があるわけです。

外部環境が一定の周期で変化するのであれば

自分もそれに合わせて動いた方が合理的で

体内時計はそのために各所でリズムを調整する役割を果たしています。

ちなみに睡眠や食事のほかにも

例えば血中コレステロール値が最も高くなるのは午後1時頃

血圧や体温が高くなるのは午後4時頃

、あるいは自然分娩やぜんそく発作が起こりやすい時間なんていうのも

だいたい決まっています。生き物の体って、実は時計だらけなんですよ。

体内時計の研究を始めたきっかけは?

 

研究のきっかけについて

 

出発点は「自分とは何か?」という問いでした。

小学生くらいになると、誰しも一度はそういうことを考え始めますよね。

僕も自分という存在の意味や起源を、とめどなく考えてしまっていました。

高校2年生の頃、ノーベル賞を受賞された生物学者

利根川進先生の講演会を生徒会でホストしました。

脳をテーマにしたお話で非常に刺激的だったのですが

とりわけ印象に残ったのは、鶴田くんという同級生が投げかけた

「脳は、脳自体をどう考えているのですか?」という質問でした。

これはつまり、「自分は、自分という存在をどう考えるのか?」

という話ですよね。僕は「理解する」ということを何かを

“包み込む”ようなイメージで捉えているのですが

となると、自分で自分を包み込むということになる。

いくら理解しようと試みても、自分の内側の

内側の、内側の…というふうに遡っていくと

なかなか最後まで辿り着けない。

そのことがすごく印象に残っていて

小さい頃から抱いてきた「自分とは何か?」という

問いをもっと掘り下げていきたいと思ったことを覚えています。

自分とは何か…。まるで哲学や文学のようなテーマですね。

そうですよね。対象は自分の“内面”ですし

なかなか捉えどころがありません。

それを解き明かすためには

まず哲学や文学のように「言葉」を使って

アプローチしていくというやり方があります。

それは魅力的な方法ではあったものの

当時の僕は自分の言葉に対して確固たる自信を持っていなかった。

あやふやな問題に対してあやふやな言葉では近づけないだろう。

それよりは物理学や生物学など、実証的に積み上げていける

自然科学のほうがいいかもしれない─。

そう考えて、ヒトの健康や病気

肉体や精神を対象にする医学部へ進もうと決意しました。

僕が大学に在籍していた当時は

1997年に大腸菌遺伝子の全体図が解明され

2001年にはヒトゲノム情報の全貌が明らかになるなど

遺伝子情報の解析が劇的に進歩していたタイミングでした。

細胞レベル、分子レベルで人間を眺められるようになったいま

それまで捉えどころがなかった「自分」という存在の謎も

解き明かせるのではないか…。ということで

さらにそれらを専門的に扱う「生命科学」の道へ進みました。

その研究テーマのひとつとして選んだのが体内時計です。

上田さんの在籍している東京大学の実験室。

細胞の実験をするため、埃が入らないように空間が密閉されている。

人間のゲノムを読み解く国家プロジェクトのこと。

1990年にスタートし、2001年にすべての塩基配列の解析が完了した。

生き物を“透明”にしてしまう魔法の技術!?

体内時計は現在、どのくらい解明が進んでいるんですか?

体内時計には、体中の各器官にある

「時計細胞」が関与しています。

そして、これらの細胞に1日24時間という

リズムを刻ませているのが「時計遺伝子」です。

現在は、ヒトの2万数千個の遺伝子の中から

20個の時計遺伝子が特定されています。

僕らの研究チームでは時計遺伝子の

設計図を研究し、そこに「朝型」「昼型」「夜型」という

3つのグループがあることを発見しました。

そしてこの3グループが相互ネットワークを形成し

タンパク質の信号によって8時間おきに

互いのスイッチをオンにしたりオフにしたりしながら

時を刻んでいることを突きとめました。

全身に存在する時計細胞はこうやって

24時間をカウントしているわけですが

それぞれの時計がバラバラな時を刻んでいては

意味がありませんよね。

「胃は夜なのに皮膚はお昼」という状態では

体が上手に機能しない。

ではどうやって時刻を揃えているのかというと

脳の「視交叉上核(しこうさじょうかく)」というところにある

“標準時計”にみんなが合わせているのです。

なるほど。そこが「指揮者」のような仕事をしているわけですね。

まさにそうです。視交叉上核は、左右の視神経が交わるあたりにある

約1万6千個の細胞が集まって形成されている部位。

光の通り道でもあり、極めて正確に時を刻みます。

ここが中枢として機能し、末端にある各部位の

時計細胞と連携しながら時間を統一しているわけです。

これはわたしたちが現実世界で使っている時計とまったく同じ仕組みですね。

ただし、これは細胞レベルでの分析であり

いわば顕微鏡の世界の話。

実際に体内の時計細胞がどう分布し

どのタイミングでどう働いているのかという

問題を解明するためには、すべての細胞を

一斉に調べる必要があります。

そこで、僕らの研究では

脳や体の「透明化」に着手することにしました。

ガラスが透明なのは光がまっすぐ通るからですが

それと同じように、光の屈折率を揃えれば物体は透明になります。

僕たちは、組織に含まれる脂質を除去し

水の屈折率を調整し、生体色素を除去して

透明化を促す溶剤の開発に成功しました。

これにより、脳や体に含まれるすべての細胞を

一個ずつ一斉に観察することができるようになった。

「全細胞解析」と呼ばれる技術で

これによって今後ますます研究が進むことが期待されています。

今後、体内時計の研究はどういった方向へ進んでいくのですか?

上田 現在、体内時計は細胞レベルでの研究から

「睡眠」という仕組みの解明に

役立てようとする段階にシフトしています。

具体的には、脳の中の時間を計ったり

睡眠を司る中枢の存在を調べたり

神経細胞のオンオフをチェックしたりしながら

「眠っているときは、体内で何が起きているのか」を

探っていくという研究です。

これが解明されれば、睡眠障害やうつ病など

精神疾患の治療につながっていくと考えています。

例えば、時差ボケのような

「自分の時間と社会の時間がズレている」という問題や

もっと大きく「季節がズレている」なんてことが

うつ病の一因になっていることもあるわけですが

今は採血によって自分の中の時間や季節がわかるような

技術が徐々に開発されつつある。これまで問診に頼っていた部分に

客観的かつ測定可能な指標を導入できる可能性も見えてきました。

人間を構成する最小単位のパーツである

細胞の働きはかなり解明されてきたので

今後はこれまでの研究を実際の「治療」に

生かしていきたいと思っています。

これから取り組もうとしているのは「生命の不可逆性」の解明だという。




 

出身大学と高校もチェック!

 

次に上田泰己先生の

出身大学と高校もチェック!しました

出身大学について

東京東京大学大学院医学系研究科 英称:Graduate School of Medicine)は

東京大学に設置される大学院研究科の一つである。

また、東京大学医学部(英称:Faculty of Medicine)は

東京大学に設置される学部の一つである。

医学部と医学系研究科は一体となって運営されている

医学部の教育目的

東京大学医学部の目的は生命科学・医学・医療の分野の発展に寄与し

国際的指導者になる人材を育成することにある。

すなわち、これらの分野における問題の的確な把握と

解決のために創造的研究を遂行し

臨床においては、その成果に基づいた全人的医療を実践しうる能力の涵養を目指す。

医学部の紋章のいわれ

この紋章は、昭和31年(1956)

東京大学医学部創立百年の祝意を表すため

緒方富雄教授(医学部)が、東京大学の赤門をデザインしたもの

東京大学の赤門は、明治9年(1876)

当時東京医学校(現東京大学医学部)が

下谷和泉橋通りから本郷の現在の場所に移り

新しい大学と病院の運営が始まり

明治17年(1884)他の学部が本郷に移るまで

医学部の門として使われていました。

赤門は、文政10年(1827)江戸時代の有力大名の

加賀藩主前田家が、前田斉泰に嫁いだ

11代将軍徳川家斉の娘溶姫のために建てられた朱塗りの御守殿門

当時、大名の子息が将軍の姫君と結婚するとき

花嫁のために赤い漆を塗った門を建てる習わしとなっていました。

また、この門は武家屋敷の門の中で

その希な様式と美しい表現が認められ

現在国の重要文化財に指定されています

鉄門倶楽部

医学部医学科の同窓会である。

1899年に創設され、元々は東京帝国大学医科大学の

ボート競技の応援団体であったが、その後組織が拡大され

医学部医学科同窓生の親睦を目的とした

事業・行事を行う機構になった。

医学科卒業生が正会員であり、医学科生が準会員である。

卒業生以外では、東京大学医学部医学科教員となれば

鉄門倶楽部規約5条に規定される会員になることができる。

東京大学医学部の学部内サークルには

鉄門野球部などのように「鉄門」で始まる名前を持つものが多く

「鉄門系サークル」と総称されている。

これらのサークルは鉄門倶楽部から支援を受けており

医学科生および教養学部理科三類生のみが入部できる。

鉄門倶楽部は、同窓生としての縦のつながりがとても強い。

東大内では「医学部医学科」を意味する鉄門であるが

医学界では「東大出身者」を意味する。

最後に、上田泰己先生の出身高校について

久留米大学附設高等学校です

主な卒業生に

孫正義 実業家

鳥越俊太郎

堀江貴文 実業家

古賀篤 衆議院議員

荒戸完 ラジオDJ

山田パンダ フォークシンガー

上田泰己 生命科学者

城下尊之 芸能レポーター

大家敏志 参議院議員

本村健太郎 タレント、弁護士

建学の精神

本学の建学の父たちであるお二人の先生

板垣政参・原巳冬の両校長先生は

「国家社会に貢献しようとする、為

他の気概をもった誠実・努力の人物の育成」

を建学の精神として定められました

(板垣校長在任1950-1959 原校長在任1965-1979)。

原校長先生はさらに生徒たちに対して

「自分が今日在ることについて感謝の心

他に対してやさしい思いやりの心

他に対する強い奉仕の心を持った実動力のある誠実な人物」

になるよう強く呼びかけてこられました。

本校は以上を踏まえて、教育の使命である人格の完成を目指し

全人教育を基調としながら「豊かな人間性と優れた学力とを

備えた人間を育成すること」を教育方針としています。

この建学の精神及び教育方針の下

在校生は我が国ならびに国際社会の指導者として貢献すべく

徳性の涵養と優れた学力を身につけることに努めています。

校章について

久留米大学附設高等学校の校章は

昭和26年3月1日に制定された。

本校の前身にあたる久留米医科大学予科の校章を引継ぎ

芙蓉の葉を意匠化したものである。

芙蓉は夏に咲く清楚優雅な花。

芙蓉峰は富士山の雅称であり

志気高邁、優しい人物への願いがこめられている。

お問い合わせ先

附設中学校・高等学校

〒839-0862 福岡県久留米市野中町20-2

代表 Tel:0942-44-2222 Fax:0942-44-8257

いかがでしたか?

ずば抜けた才能を発揮する人物像に

幼少期は、とことん外で体を使って遊びまわった

経験の人がおおいように思いますし

なぜ?なに?との探求心のまなざしを備えています

これからの子育ては、そうあって欲しいし

これから、高校や大学進学を迎える若者に

たくさんの夢や希望を持って欲しいと願うばかりである




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