ベネチア(世界遺産)の水没はいつ?モーゼ計画の現在や完成時期も解説!

ベネチア(世界遺産)の水没はいつ?モーゼ計画の現在や完成時期も解説!

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イタリアにあるベネチア(ヴェネツィア、ベニス)といえば、

水の都として世界的に有名ですよね。

私は、イタリアといえば「母を訪ねて3千里」のマルコを想い出します。

母を探し求めてアルゼンチンまでの道のりを子どもが1人で旅をする姿に

心打たれ、励まされたものでした。

今日は、そんな水の上に成り立つ町ベネチアについて調査してみました。

ベネチア(世界遺産)の水没はいつ?モーゼ計画の現在や完成時期も解説!しちゃいます。




ベネチア(世界遺産)の水没はいつ?

紀元6世紀、ローマ帝国の衰退でゲルマン民族が南下することで

侵略を逃れ陸上から水上へ避難し

ラグーン内の干潟や島に、大量の丸太の杭を打ち込み

建物を造り移住したことに始まります。

そのため、“ベネチアを逆さまにすると森ができる”

(地中に丸太が乱立するがごとく大量に打ち込まれたため)と言われています。

その真ん中を全長約3kmにおよぶ逆S字形の

「カナル・グランデ(Canal Grande、大運河)」が

ベネチアの北西から南東へ、市街を2つに分けながら湾曲して流れる。

150をこえる運河が177の島々を分け、

運河には400におよぶ橋がかかる。

また市街地と南端のジュデッカ島の間には幅約400mのジュデッカ運河がある。

地上では、迷路のように狭くて曲がりくねった路地や通りがあり

何世紀もの間市内の輸送をになったのは、

ゴンドラ (gondola) と呼ばれる手漕ぎボートで

ベネチアは、6区を意味するセスティエーレ (sestiere) から成り、

ドルソドゥーロ (Dorsoduro)、サンタ・クローチェ (Santa Croce)、

サン・ポーロ (San Polo)、サン・マルコ (San Marco)、

カンナレージョ (Cannaregio)、カステッロ (Castello) の

6つの地区に分かれている。

干潟によって外敵の侵入から守られていたので、

安全な生活のために、干潟の維持は死活問題でした。

このため、18世紀には既に干潟の維持保全に

全力で取り組んでおり許可なしに

干潟に人工的に手を加えた者は国家によって投獄されるなど、

厳罰の対象とされていました。

800年ころになると、海洋国家としての地位を確立し

地中海はじめ東方貿易の拠点として繁栄。

歴史的芸術と工芸が華やかに開花し、

1593年にはガリレオ・ガリレイが技術顧問に就いている。

東地中海から黒海にかけての海域を「イタリア商人の海」ともいわれた。

1797年のナポレオン支配終了まで繁栄が続いたが、

1987年に、ベネチアとその周辺のラグーンが世界遺産(文化遺産)に

『ヴェネツィアとその潟』が登録された。

ベネチアの土地は、大陸からの川の流れに乗ってくる土砂、

そしてアドリア海の波と風の力によって作られた湿地帯であり

ベネチアの地理は、ラグーンのほぼ中央に位置し

本土とはリベルタ橋のみでつながり

ラグーン内の都市は、大半が海抜1m以下

面積は、東京湾のほぼ半分の約550キロ㎡

約9割が干潟・湿地や水路などの水域で、

残りの1割が都市部、島、埋め立て地である

ラグーンと外側のアドリア海は砂州で仕切られ、

リド水路、マラモッコ水路、キオジャヤ水路

3つの水路のみで繋がっている状態です。

S字型に貫いて流れている運河を大運河と呼び

観光名所のリアルト橋がかかっていて、

橋の上に見える建物は商店になっています。

大運河の河口近くには、非常に有名な、サンマルコ広場がある

運河沿いにレストランが立ち並び、

運河にはゴンドラやボートが行き来しています

ベネチア本島内は自動車での移動は不可能であり、

自転車の使用も禁止されている(乳母車、車椅子は可。

車はリベルタ橋を渡ってすぐの所にある「ローマ広場」の駐車場に置いて、

島内を徒歩か船舶で移動することになる。

運河が発達していることもあり、主な交通機関は必然的に船になる

水上タクシー、水上バス、渡し船などが運河を用いて頻繁に運行されている。

なおゴンドラと呼ばれる手漕ぎの舟がベネチアでは有名だが、

現在では一部の渡し船を除き観光用途で運航されている。

交通に運河を用いた水上交通が頻繁に用いられることから、

運河に面した玄関を持つ建物も多い。

また警察や消防、救急輸送も車に代わり、船舶を用いてその業務を行っている。

現代のベネチアは、他地域への人口流出、水害や地盤沈下、

大気や水の汚染、建造物の老朽化など多くの問題に直面している。

1966年の大水害の後には、歴史的な町を守るための

国際的な運動がユネスコの主唱で組織された。

都市部の浸水などの高潮問題

サンマルコ広場の広場全体が浸水

歴史的建造物が洗われたりして損傷するほか、

観光客が減少して経済収入が減少することも問題

110cm以上の高潮位の発生回数が、

近年は10年間で40回程度になっており、

年々増加していく傾向にある事が分かっています。

浸水の発生要因ですが、ベネチアはアドリア海の北端にあって、

シロッコと呼ばれる初冬の季節風が行き止まる場所のため、

高潮が押し寄せやすい地理特性にあることがあげられます。

この高潮が、大潮での高潮位や低気圧による海面上昇と同時に発生すると、

通常よりも海面が上昇します。

この現象は、イタリア語でアクアアルタと呼ばれています。

ベネチアでは、「アクアアルタ監視予報センター」というものが設置されており、

ヨーロッパの気象観測をしたり、ベネチア全体の状況を監視したりして、

警報や潮位を知らせる音を発生させたりします。

音で水位を知るわけです

このとき、ベネチアの街中まで水が入り込み、

特に一番低い「サン・マルコ広場」が水没

広場や道路には臨時の高床が組まれ、通行を確保するようになっています。

二つ目の要因として、近年の温暖化による世界的な海水面上昇や、

ベネチア周辺での地下水の汲み上げによる地盤沈下によって、

相対的に陸地が海面に近づいている事があげられます。

本土マルゲーラ地区で工業用の地下水のくみ上げが行われ

現在の水位は1900年初頭と比べ相対的に23cm

上昇していることがわかっています。

建造物の沈下は、地下の帯水層の流出が原因とされるため、

地下水使用の制限やアルプスからの水道の導入などで対処したり

更に今後の地球温暖化によって海面上昇が加速されることとなれば、

将来ベネチアの街全体がアドリア海に水没してしまうことが懸念されている。

アドリア海とラグーンを隔てている砂州の浸食などの海岸浸食問題

ラグーンとアドリア海を隔てるリド島の既に対策が施されていますが

海岸線には砂浜は食の要因ですが、

アドリア海側の海岸線に防波堤や突堤などが建造されて、

海岸に沿って移動する漂砂パターンが変化したこと

数百年前から継続的に、干潟に流入する河川の河口を、

直接アドリア海に流出させるように変更する工事を行ってきました

環境問題は3つ干潟・湿地の減少の問題

ラグーン内の環境変化で、ラグーンの汚染と、

干潟・湿地の減少という2つの形で現れています。

2番目の要因は海底地形の平坦化で

波は海底面の影響を受けないので、

あまり弱くならないまま水際に作用して浸食し、

再び土砂を巻き上げて平坦化していく

3番目の要因は海藻や植物の減少です。

水質の低下や土砂の巻上げで海藻や植物が減少し、

根で引き締められていた海底がゆるんで、

土砂が移動しやすくなり、平坦化が進んだ

110㎝以上の高潮は1923年から

浸食による被害も大きく、土地の面積は1810年の3割しか残っていない。




モーゼ計画の現在や完成時期も解説!

イタリア政府の対応で

ベネチア事業連合CVNが提案する事業計画に対して、

関係省庁で構成する検討委員会が検討、

決定して実施するという組織構造がある。

高潮対策、浸食対策や環境対策を目的とした基本計画を

これまでに策定し、この基本計画に基づいて

全ての事業の計画から実施までを行っているところです

高潮対策は都市部の護岸のかさ上げや

モーゼ計画など、主に都市部周辺で進められ

岸壁、護岸、舗道の嵩上げを行って海水が陸上に乗り上げにくくすることと、

排水施設を補強して速やかに排水すること、の2つに分けられます。

計画名の「モーゼ」とは、イタリア語で

「電気機械実験モジュール」(イル・モドゥロ・スペリメンターレ・エレットロ・メカニコ)と

言った時の頭文字をとったものです。

また、これは同時に、旧約聖書の有名な予言者モーゼの名前でもあり、

モーゼが海に追いつめられた時に天に祈り、

海が割れて道ができ、海を渡ることができた、

という物語にもちなんでいます。

ベネチアは歴史的景観が貴重な資源ですので、

興味深いことに、この景観を保護するために

かさ上げの高さが制限されており、

かさ上げの高さは、ベネチアで、プラス100~110cm以下、

それ以外の景観保護がない周辺都市部でも

プラス130~180cm以下とするように制限されています。

そのため、複合的な対策が必要とされています。

モーゼ計画の最近の状況を報告します。

モーゼ計画は、アドリア海とラグーンを結ぶ水路に

鋼鉄製のフラップ・ゲート式可動堰を設置し、

高潮時にラグーンへの海水侵入を一時的に遮り、

都市部の浸水を防ぎます。

モーゼ計画は2003年に建設を開始し、

8年間で完成する予定で、現在は基礎部を造っています。

事業費ですが、総事業費は計画で約3千億円とされ、

全額国費負担です。

完成後の年間の維持・管理費は約11億円で、

うち約7億円は維持補修費、ゲートの塗装費など、

残りが管理運営費です。

モーゼ計画の主構造物、フラップゲートとは、

ゲートはリド水路、マラモッコ水路、キオジャヤ水路の3箇所に設置され

設置水深はおのおの-12m、-15m、-8mです。

フラップゲート式可動堰の仕組みを説明すると

通常時はゲートは海底のケーソンに格納され

アクアアルタが発生して沖合の水面が上昇し、

ゲートでの到達予測水位が、プラス110cmを越えると、

エアをフラップゲートの構造体内に急速に注入します。

エアが注入されてフラップゲート内の海水が

押し出されて強力な浮力が発生し、

この浮力によってゲートが立ち上がってきます。

ゲートが立ち上がる所要時間は30分です。

ゲートの陸側と海側の水位差は最大2mまで、

このゲートで支えることができるように設計されています。

時間がたって高潮が収まった時点でフラップゲートから空気を抜いて、

再び基礎のケーソンに格納します。

立ち上がったゲートから空気を抜いて再度格納するまでの

所要時間は15分とされています。

各ゲートの幅は20mで、各水路に18から20機設置することになる。

リド水路は最も開口幅が大きいため、両岸の間に中州の人工島を

建設して水路を2分割しています。

水門が閉まっている時でも船舶を通行させるために、

小型船の避難所と閘門が計画されています。

マラモッコ水路のゲートは、設置水深は3か所中最も深く、

-15mに計画されています。

この水路はマルゲーラ工業地区へ続く航路の中継点で、

コンテナ船などの大型船の航行が多いためです。

この水門にも、閘門が計画されており、

大型船が通行できるように他の2つの水路の閘門よりも

大きく設計されています

最南端の水門であるキオジャヤ水路は

小型船の避難場所と閘門が計画されています

具体的な対策事業の1つとして、

モーゼ計画を着々と進めており、その規模の大きさや

特色ある手法などには世界からも注目を集めているところです。

モーゼ計画の完成時期も解説!

実際の完成は2019年もしくは2020年になる予定だという。

『プラグイン・マガジン』によると、途中で汚職の問題も発生し、

ベネト州知事やベネチア市長が逮捕される事件も起きた。

様々な困難にぶつかりながらも完成まであと一息となったモーゼ計画。

エンジニアリングの知恵を活かし高潮の心配がなくなるという朗報はあるが、

今後、ベネチアの大部分が冠水する可能性はまだ残っている。

恒久対策に向けてさらなる研究が期待される。

海岸侵食対策は、養浜、離岸堤や突堤の設置などラグーンと

アドリア海を隔てる砂州のアドリア海側で進められて

環境対策はラグーン内の干潟や湿地が残された場所で進められており

環境汚染の防止やラグーン地形の復元などが実施されています

環境対策事業として、ラグーン地形の復元事業も

良質な浚渫土砂を利用して人工的に浅場を創出してラグーン地形を復元するもので

、2006年3月時点で約1,080万m3の浚渫土砂を用いて、

約980haの干潟・湿地を再生しました。

投入する土砂は、重金属などを含んでいないかを検査した上で投入するなど

安全性を確認しまた、水際に作用する波力を抑えて浸食を抑制するために

現在ある干潟や湿地の水際に蛇かごや木の矢板を設置するなどしています。

また、船舶の速度を制限して船が波を立てるのを抑制したり、

漁業の規制で底質の巻き上げを抑制するなど、

様々な対策を実施しています。

なお、蛇籠とは、丈夫な袋に石などを入れたもので、

これを水際線におくことで、波によって浸食されるのを防ぐ事ができます。

地盤を造り、時間の経過とともに植物が全体に生えて湿地となるように、

計画されています

未だに世界各国から、学者が研究している

世界遺産が、これから先の世も堂々とそびえたっていることを祈りたい。